戦隊ヒロインBLOG

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2009年07月23日

二元論の陥穽 【スーパー戦隊シリーズ前史その82】

二元論の陥穽

こうした科学や錬金術の祖といえるのがプラトンの弟子のアリストテレスで、彼は師匠のイデア論を更に整理発展させて「エイドス」と「ヒュレー」という概念で世界を説明した。「エイドス」は「形相」とも言い、事物の性質を決定する要因のことであり、一方、「ヒュレー」は「質量」とも言い、事物を構成する材料のことである。そして事物の実態であり本質であるのは「エイドス」の方であるとした。ただ、現実世界では「エイドス」と「ヒュレー」はそれぞれ単独で存在するということはなく、この2つが組み合わさって事物となっている。
これを人間という事物にあてはめると、肉体は「ヒュレー」であり、霊魂が「エイドス」にあたる。つまり、これもまた霊肉二元論の1つのバリエーションなのである。そしてこれに善悪二元論が合わさる。すなわち、純粋なる「エイドス」のみの存在こそが、超現実世界に存在する「イデア」なのであり、それこそが真の神の正体なのだということになる。そうなると人間は自己の肉体の中に神と同質の霊魂を宿しているということになる。ならば、人間の霊魂を足掛かりにして、この世を「イデア」化すること、つまり「神の世界」へと昇華させることが可能なのではないかと考える者が出てきた。これが錬金術の始まりであり、これがニュートンを経て近代科学を生み出す。

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2009年07月22日

理と気 【スーパー戦隊シリーズ前史その81】

理と気

朱子学の創始者である朱子が提唱した「徳の生じる仕組み」の理論の最大の功績は、誰でもが聖人になれる道を開いたことにある。それ以前の儒教というものは有徳の聖人になる道を示すものではなく、まずはこの世に聖人と凡人というものが存在するという前提の上で、どういう人が聖人であって、どういう人が凡人であるのかについて述べ、その上で、世の中が聖人によって凡人を治めることによって平穏に治まるのだということを主張するものだった。つまり一種の社会論であって、個々の人間の内面に踏み込んだものではなかった。
これは儒教の創始者の孔子やその後継者の孟子などは道徳も何も無い戦乱の時代に辟易して、本気で徳の高い人物による統治を望んだという意味であったのだが、この儒教が皇帝独裁体制の漢帝国で統治哲学として採用されて以降は、「聖人が皇帝になるべき」という本来の儒教の教えが顛倒して「皇帝は聖人であるはず」という前提の下、皇帝による独裁を正当化する哲学として使われるようになった。そして儒教は上にへつらい不正を正当化する教えへと捻じ曲げられていったのだった。

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2009年07月14日

朱子学の誕生 【スーパー戦隊シリーズ前史その80】

朱子学の誕生

こうした中央集権制下の統治哲学としてのシナ儒教の流れの中に朱子学が生まれてくる。実はシナ帝国は漢帝国と後漢帝国が栄えた後、3世紀に後漢滅亡後の三国時代の混乱によってシナ人の人口が激減して、儒教の影響で酷い民族差別主義者になっていたシナの官人たちは周辺民族を人間狩りのようにして連行してきて強制労働させたり奴隷戦士にして使役した。
いや、それ以前からずっとシナ人は周辺民族を迫害し続けており、ここに至って周辺民族の怒りは爆発し、4世紀初頭に北方異民族が大挙して侵攻してきてシナ帝国を滅ぼした。シナ帝国はここで一旦滅びて民族もここで大量の混血が生じて入れ替わってしまい、この後、6世紀にトルコ系民族の隋がシナを再統一してシナ帝国を復興するまでの長い期間シナ大陸は混乱状態が続き、シナ文化は断絶していた。
儒教もこの間、経典も散逸しており、そもそも4世紀以後のシナ人はそれ以前のシナ人とは民族構成自体が違うので、昔の経典を満足に読むことも出来なかった。そのため、隋とそれに続く唐の時代においての儒教というのは主に昔の経典の書いてあることを解読することに費やされていた。そうした儒教を尻目に盛んであったのは戦乱の時代において広まった仏教であり、このシナ仏教が6世紀に日本にも伝来し、その後、日本の伝統的宗教である神道と習合して9世紀頃には独自の宗教を作っていく。

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2009年07月12日

儒教の徳目 【スーパー戦隊シリーズ前史その79】

儒教の徳目

儒教というのはシナの戦国時代に生まれた。紀元前5世紀ぐらいのことである。当時のシナは伝統的な社会秩序が崩壊して乱れた世であったので、伝統的な先祖崇拝のシャーマニズムを基にして普遍的な道徳律を作り上げ、それによって新たな社会秩序を作り上げようと試みたのが孔子である。
孔子はそこで「仁」と「礼」を重視した。「仁」というのは普遍的な人間愛、思いやりの心というようなもの、そして「礼」は先祖崇拝の儀礼を発展させた家父長制の規範というようなもので、この「仁」「礼」の2本立てによって道徳が保たれるはずだというのが孔子の理論であった。孔子はこの理論を政治にもあてはめて「仁」「礼」を基本とした政治を各国の王に説いたが、とにかく武力が全ての時代だったので、ほとんど誰からも相手にはされなかった。
その後、儒教においては紀元前4世紀頃に孟子が出て、孔子よりもラディカルに政治に対して働きかけた。そのため孟子は実践を重んじ、観念的な「仁」「礼」に加えて、「義」や「智」も重視した。「義」は利害を捨てて条理に従うこと、つまり欲望にとらわれず正しいことを行うことであり、また「智」は合理的に判断することである。それでも儒教は各国に受け入れられることはなかったが、この孔子や孟子の教えを基にして教義が整備されていった。

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2009年07月11日

勤皇思想 【スーパー戦隊シリーズ前史その78】

勤皇思想

1208a_2.jpgそのような朱子学を導入した江戸時代の日本において、徳川将軍がシナ皇帝のような絶対崇拝の対象として扱われるようになったかというと、そうはならなかった。当初は家康もそうなるように構想しないでもなかったのであろうけれど、結局、全国を一元的に支配することも出来なかった徳川将軍がシナ皇帝のような存在になるのは無理であった。しかし、そうなると日本において儒学は何のために存在するのか分からなくなってくる。実際、徳川将軍がシナ皇帝のように絶対崇拝の対象として中心に存在しない限り、統治哲学としての儒学の思想は成り立たないのであり、それが現に中心に存在していないのであるから、17世紀後半には既に儒学の本来の存在意義は失われてしまっていた。
そこで2つの方向性が生じたのである。1つは、徳川将軍の代わりに別のものをシナ皇帝に擬して中心に据えて儒学を儒学らしく再生させることであり、これは要するに天皇を絶対崇拝の対象とする勤王思想の誕生である。これは当初は幕府の官学でありながら有名無実の存在となりかけていた朱子学を日本風にアレンジして維持するための苦肉の策であったと言うべきであろう。
確かに天皇はこの頃においても将軍以上の権威ではあったが、それは神仏習合の伝統宗教における権威であって、シナ皇帝のような政治的権力とは違っていた。天皇というのは平安時代初期の律令制崩壊後は伝統的に(朱子学にかぶれた後醍醐のような例外は除いて)そのような存在であった。政治のような穢れた俗事から遠ざけることによって清浄性を保ち、祭祀王としての権威を保つというのが天皇の権威の源泉であったからである。それを無理にシナ皇帝と同じような天(日本では神)から地上の統治を委任された君主として祭り上げたのが勤皇思想であった。
もちろん単に天皇を敬うだけではなく、その天皇から国政を委任された存在としての幕府の権威を高めることが当初の大きな目的であったのであるが、やはりこれはハッキリ言って幕府にとっては余計なことであったと思う。所詮は建前論でしかなくなっていた朱子学など自然に朽ちさせていけばよかったのである。こんな余計な延命措置をとったために江戸後期にはこれが幕藩体制への不満と結びついて反幕府思想へと発展していくことになるのである。


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2009年07月10日

シナにおける忠 【スーパー戦隊シリーズ前史その77】

シナにおける忠

edo_sm.jpgだが、幕府や主君から自立して武士が生きていけるかというと、17世紀半ば以降には現実的にはそれはもはや不可能になっていた。武士はその自立性の基盤であった農村から引き離されて主君からの俸禄米無しでは生きていけないサラリーマン的存在に既に変えられてしまっていたのだ。武士が城下町のサラリーマン生活を捨てて農村へ戻って土地を支配しようとすることは(一部の例外を除いては)厳しく禁じられていた。それは戦国乱世への逆行を招く重大な反逆行為だからだ。
では、そうして縛り付けられて武士は主君や幕府への盲目的な忠誠を強要される奴隷戦士と化してしまうのかというと、そういうわけでもない。そもそも17世紀半ば以降の泰平の世に戦士など必要無いし、シナ風の中央集権制の強固な軍事国家を作ることも対外的な征服戦争も諦めてしまった17世紀半ば以降は、幕府にとっては武士からの絶対的忠誠などどうでもよく、むしろ彼らを養っていくのが重荷であったぐらいである。

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2009年07月09日

欲と忠誠 【スーパー戦隊シリーズ前史その76】

欲と忠誠

nobunaga.jpg思えばこの戦国時代が日本において最も武士が多かった時代であり、ある意味では武士が最も武士らしくあった時代であった。しかし戦乱が激しくなりすぎたせいで農業生産高は極端に落ち込み、日本全体が貧しくなってしまった。加えてこの時代は大航海時代で、日本周辺に西洋のキリスト教国の商船が現れるようになり、日本国内を1つの大きな勢力にまとめて彼らと渡り合う必要が生じてきた。
いや、むしろ天下を統一して強大な中央集権国家を作り、日本で採掘される金銀を武器として東アジアの交易権を牛耳ってしまおうという構想を抱く者が現れた。それが織田信長や豊臣秀吉で、彼らは貨幣経済が定着しつつある中で武士たちが依然として「土着の治安維持要員」的な存在であるから地域で争いが絶えないのだと考え、彼らを土地や生産活動から切り離して戦闘専門集団化し、主君にのみ忠実な常備軍として再編成して海外派兵も可能な体制を作った。そして農村の方は武器類を没収し検地を実施して財産争いを収束させ平和な状態を作り農民の自治に任せ、重大な犯罪に対しては常備軍を警察的に運用して対処することにした。仕方ないのである。かつてとはもう時代が違う。魔性の貨幣に支配された世で武器を持った者が土着して地域でウロウロしているのは危険極まりないのだ。

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2009年07月08日

武士の誕生 【スーパー戦隊シリーズ前史その75】

武士の誕生

l2jfjyf5.jpg武士というものは平安時代初期の律令制崩壊期に発生した。律令制というのは国土人民を全て政府の公有財産として管理し、税を再配分して社会運営を行っていく典型的な中央集権システムである。これはもともと戦乱の相次ぐシナにおいて、より強大な国家を作るために編み出された制度で、シナは常に北方遊牧民の脅威に晒されていたので、基本的にこうした中央集権制がずっと維持された。
一方、日本列島は大陸のような戦乱の地ではなく、海に囲まれていたので大した外敵も存在せず、元来はこのような律令制度のようなものは不要であったのだが、シナにおいて律令制を採用して強大化した隋や唐が大帝国を築いた6〜7世紀頃、国家形成期にあった日本は全体的に西日本に偏しており朝鮮半島まで支配下に置いており、朝鮮半島において隋や唐と対峙する羽目になった。その際に隋や唐への対抗上、日本でも律令制を導入しようという気運が生じ、唐の侵攻を受けて7世紀に日本の朝鮮半島における支配地は失われたが、その回復を目標として日本でも8世紀初頭には律令制が整備されるようになった。つまり唐(およびその属国の新羅)を仮想敵国とした戦時体制が律令制の本質であった。
しかし、国力増強のための東国の開発の結果、朝鮮半島の奪還自体がどうでもよいものとなっていき、また唐が弱体化していったために仮想敵国として脅威ではなくなり、その上に日本の中央政府は政争ばかり繰り返すようになり、貴族たちが勢力拡大のために律令制を無視するようになり、律令制の存在意義自体が無くなっていった。そうなると窮屈な律令制など日本人は従わなくなり、ちゃんと税を収めなくなっていき、その結果、中央政府は財源不足となって機能不全に陥り、平安京に遷都した後、9世紀に入ると律令制は崩壊したのだった。


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2009年07月07日

元禄バブル 【スーパー戦隊シリーズ前史その74】

元禄バブル

new_saikaku1.jpgこうした江戸前期の読書文化は17世紀終盤には「仮名草子」から派生する形で「浮世草子」と称される一連の作品群を生み出すことになる。これは当時勃興しつつあった商人階級の風俗を描いた享楽的傾向の強い作品群で、その代表作とされるのが井原西鶴の「好色一代男」である。
この小説は「源氏物語」54帖になぞらえて54章の構成で1人の男の女性遍歴を描くというもので、江戸時代文学の最高傑作と現在では評されている。確かに極めて高い文学性はあるものの、一種のポルノ小説であり、これが江戸期最高の小説というのはいささか大袈裟と言わざるを得ない。そもそも井原西鶴という小説家は彼の生きていた頃は流行作家として有名ではあったが、その死後には忘れられ、江戸後期の戯作文学全盛時代においては歴史に埋もれた存在となっていた。それを再発見して「元禄の文豪」として持ち上げたのは幸田露伴や尾崎紅葉のような明治の文学者たちだった。
これにはカラクリがある。彼ら明治の文学者の最大のテーマは、いかにして明治維新以前の旧態依然とした封建時代の価値観を超克して西洋諸国のような「進歩的」で「開明的」な文学を打ち立てるかということであったので、彼らから見れば江戸時代後期に隆盛を極めていた封建道徳に則った文学は否定されるべき前時代の遺物に過ぎなかった。そういうわけで近代の文学者による江戸後期の文学に対する評価は不当に低いものとなっている。その一方で、江戸後期の封建道徳に則った文学に先行して存在した元禄期の文学には必要以上に高い評価を与える傾向がある。それは、この時期の文学が封建道徳や儒教道徳の影響をあまり受けていないからである。だから明治の文学者から見ればそれは進歩的で開明的なものに見えたのであろう。

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2009年07月06日

仮名草子 【スーパー戦隊シリーズ前史その73】

仮名草子

%E5%BE%B3%E5%B7%9D.jpg何故、江戸時代初期に庶民向けの書物が普及したのかというと、徳川家が天下をとって泰平の世になったから庶民が書物を読むようになったというのは確かに現象としては間違いではないが、初期徳川政権は完全なる軍事独裁政権であり、幕府の意向なくしてそのような現象が許容されるはずもないことを忘れてはいけない。
幕府として積極的に書物を普及させたい何らかの事情があったのである。そして当時の世界において、わざわざ庶民の知的水準を上げたり庶民に娯楽を提供するために書物を普及させるなどという施策をとる政府などはあり得ないのであって、徳川幕府もまた、そんなお人よしな理由ではなく、別の理由で書物の普及を推し進めたのである。それは儒教道徳の啓蒙のためであった。

戦国時代というのは気候変動の影響で日本全体が貧困化し、そのため社会秩序が崩壊して庶民の末端に至るまで武力闘争を繰り返すという、日本史上最も過酷な時代であった。そのため、この時代は日本的な美意識を押しのけて「力こそ正義」というような思想が前面に出てきていた。
戦後に支配的となったマルクス主義史観などでは江戸時代に確立した封建制度を悪と見なす傾向が強いため、それによって圧殺された戦国時代を自由な時代として肯定的に評価する向きがある。確かにある意味では何でもアリの自由な時代であったとは思うが、それは力のある者にのみ許された自由で、女子供など弱い者にとっては極めて不自由な時代であったのが実情である。実際、度重なる戦のたびに戦いとは無関係の女子供までもさらわれて奴隷として売り飛ばされるような行為が横行する過酷な時代であり、悪者にとっては天国のような時代であったろうが、こんな時代を自由な時代だと歓迎していた庶民などそう多くはなかったはずである。だからこそ、庶民は天下を統一して新たな秩序を打ち立てようとした信長や秀吉を支持したのである。

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