戦隊ヒロインBLOG

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2009年05月28日

仮面ライダースナック 【スーパー戦隊シリーズ前史その34】

仮面ライダースナック

pzpp3278.gif一方、「仮面ライダー」のソフビ人形などの玩具の商品化権を得ていたのは当初はタカトクトイスだった。タカトクトイスは「鉄腕アトム」の時代からキャラクター商品を扱っていた玩具業界ではこの分野のエキスパート的存在であったが、ここにバンダイから分社したばかりのポピーが食い込んでくることになる。
バンダイは比較的後発の玩具メーカーで、1960年代に少しキャラクター商品にも手を出したが失敗し、その後は堅実にプラモデルなどを主に扱って成長してきたメーカーであったが、経営方針の食い違いから一部の経営陣が分社してポピーを設立し、一応バンダイの子会社となったがほとんど実質的に別会社のようなものであった。このポピーの社員の息子が「仮面ライダー」の放送が始まりタカトクトイスの発売した関連玩具のうち「変身ベルト」を買ったところ、劇中のように回って光らないことに不満を持ったことからポピーは独自に回って光る変身ベルト玩具を開発し、東映に売り込んだ。

東映は当時は価格帯別に商品化権を売っており、そんな付加価値のついた高額な玩具は想定していなかったので、このポピー版変身ベルトの相当する価格帯はタカトクトイスにも売っておらず空いており、ポピーにこの価格帯の商品化権を売った。東映はまさかそんな高価な玩具が売れるわけがないと思っていたのだが、これが大ヒット商品となった。更にポピーは続けざまにデザインを劇中よりも派手にした変身ベルトなど高額の仮面ライダー商品を開発していき、大きな利益を上げていくようになる。
rider2_4.jpgこれを見て親会社のバンダイは、本社は過去の失敗もあるので絶対にキャラクタービジネスに手を出すわけにはいかないので、子会社のポピーをキャラクター商品専門の会社とすることとし、ポピーは本腰を入れてキャラクタービジネスに社運を賭けることを決意し、東映に対して「今後、東映の特撮やアニメの番組のメインスポンサーになる代わりにキャラクター商品の取り扱いを独占させてほしい」と申し出た。東映としては不安定な番組製作に大手玩具メーカーのバンダイの子会社が安定出資者となってくれるというのだから有難い申し出であり、これを受けることとし、「仮面ライダー」のキャラクター玩具もポピーが一手に扱うことになった。
まぁもちろん番組のスポンサーを決める権限は広告代理店やテレビ局が握っており、製作会社は本来は弱い立場なのだが、製作会社とスポンサーが最初から手を組んでいる状態であれば、広告代理店やテレビ局も特別の事情が無い限りはそのユニットとの契約を結んだ方が話は早いのであり、そうなればスポンサーの力を背景にして製作会社のテレビ局に対する発言力が大きくなることが期待出来た。東映はこれを期待したのである。そして実際、このポピーとの協力体制の確立によって東映はアニメや特撮番組において製作会社としては異例とも言える発言力の大きさを確保していくことに成功したのだった。
Y_01.jpg一方、これによって東映製作のアニメや特撮作品のキャラクター玩具の市場から弾き出されてしまったタカトクトイスは東映以外の製作会社の作るアニメや特撮のキャラクター玩具を重点的に押さえていくことになった。当時、東映以外で最も豊富に作品を作っていた製作会社はタツノコプロであったので、タカトクトイスはタツノコプロとの関係が深くなっていき、特に「タイムボカン」シリーズの玩具が最大のヒット商品となっていった。
しかしポピーが仮面ライダーシリーズから戦隊シリーズへの移行を比較的スムーズに行ったのに対して、タカトクトイスは1980年代に入ってタイムボカンシリーズの人気が下火になった後、他のヒット作の開拓に失敗して、結局1984年に倒産することとなり、その後、玩具業界は1980年代にはポピーを合併したバンダイと、リカちゃん人形で成長したタカラの2社による寡占状態となっていったが、そこにゲームメーカーのセガと任天堂が参入し急成長していくことになる。

ridersnack.jpgしかし、ポピーの方も東映とのタッグは組んだものの、まだ「仮面ライダー」の頃は経営規模も小さく不安定な状態であった。よって「仮面ライダー」の製作費はポピーにのみ依存していたわけではない。もう1つ「仮面ライダー」に莫大な資金をもたらしたものとして忘れてはいけないのは1971年12月に発売されたカルビー製菓の「仮面ライダースナック」だった。
これは仮面ライダー人気が本格的に盛り上がった頃に発売されたもので、仮面ライダーの既に放送した名場面や怪人などを印刷したカード1枚を付録としてつけたスナック菓子であった。まぁ食玩の一種であり、TVキャラクターのブロマイドのようなものなら既に多く存在していたから、そう珍しいものでもなかった。ただ、この「仮面ライダースナック」には裏面にその画像に関するデータが印刷され、ナンバリングも施してあったのでコレクションとしての価ridercard.jpg値を子供に感じさせる作用があり、更にラッキーカードに当たればカード収納用の専用アルバムを手に入れることが出来るという特典もあったので、爆発的に売れた。
しかもこのカードの制作体制と仮面ライダー本編の撮影体制との兼ね合いで、途中からこのカードはまだ放映していないエピソードに関する情報が断片的に紛れ込むようになり、ライダーファンの子供達にとっては何よりも早い最新ライダー情報収集アイテムとなり、スナック菓子としては空前の売り上げを記録するに至る。そのため、カード欲しさにスナックを大量に買ってカードだけ取り出してスナックのほうは捨ててしまう事態が続出し、社会問題化するまでの騒ぎになった。
ここに至って、それまでは御菓子のオマケでしかなかった食玩が、完全に主客逆転し、製作会社が御菓子メーカーに食玩をつけてくれるよう頼むのではなく、御菓子メーカーのほうから食玩の提供を求めるという新たなビジネスパターンが生まれることになったのだった。結局、この「仮面ライダースナック」は6億袋ほど売れたという。

5730d702.jpgこの「仮面ライダースナック」は、1973年に「仮面ライダー」が終了し、代わって「仮面ライダーV3」が始まると、カルビーが同じ企画の「仮面ライダーV3スナック」を発売したが、これは番組本編のほうの視聴率は高いのに、「仮面ライダー」の時ほどは売れなかった。そこでカルビーは「V3スナック」で見込んでいた売上を回収するため、独自にプロ野球球団と提携して「プロ野球スナック」というほぼ同一内容に企画を始めたところ、これが大当たりして、現在まで至るカルビーのロングセラーヒット商品となっている(現在はポテトチップスで商品化されて「プロ野球チップス」という)。
しかし、何故こういう「V3」のような視聴率と商品売上の食い違い現象が起きたのかというと、番組のほうは多少つまらなくても一度視聴習慣が出来てしまえば、よほど内容が観ていて不快なほどつまらなくなるか、裏番組でよほど面白い番組が始まるかでもしない限り観続けることが多いからである。特に昔は他にそんなにたくさん遊びも無いし、子供の場合は友達との話題に取り残されないために観続けなければならないという事情もある。また昔の子供は親との間にテレビを観てもいい時間帯の取り決めがあり、それを安易に動かすことは全ての視聴許可時間を失うかもしれない危険なことでもあった。
v3card.jpg一方、玩具や御菓子など関連商品は無料で観れるテレビとは違いお金のかかるものであったので、自分の小遣いというものをほとんど持たなかった当時の子供たちにとってはかなりシビアな判断の働く部分であり、少しでもつまらないものには購買意欲は沸かないのであった。だから子供向け番組の場合、真の人気のバロメーターは視聴率ではなくキャラクター商品の売上額のほうなのである。
ただ誤解無いように言うと、「仮面ライダーV3」は決してつまらなかったわけではない。むしろ非常に面白かった。シリーズ最高視聴率が出たのも頷けるほど作品としての完成度は高かった。しかし問題は、これも「仮面ライダー」であったことなのである。子供から見れば明らかに1号ライダーや2号ライダーとV3は別物なのだが、親から見れば同じようなものなので、「この前同じやつ買ったでしょ」で済んでしまうのである。子供は納得しないであろうが、財布を握っているのは親なので、結局はあまり売れないのだ。だから常にイメージを一新していかないといけないのである。しかしあまり違ったものだと固定ファンの子供が離れていったりもする。難しいのである。
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posted by 戦隊ヒロインBLOG at 17:16 | シリーズ前史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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