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2009年07月04日

源氏物語 【スーパー戦隊シリーズ前史その71】

源氏物語

yun_296.jpg日本とシナは隣国ではあるが海を隔てているので、古い時代にはあまり密な付き合いがあったというわけではなく、シナ文化の摂取も表面的なものにとどまっていた。よって日本には儒教道徳はほとんど伝わっておらず、かと言ってシナ社会のように徹底した闘争が絶え間なく続いたような過酷な社会でもなかったので「力こそ正義」というような思想がはびこることも無かった。
だいたい日本人の価値観というのは古来の土着宗教である神道に則って、清浄なものを好み、不浄なものを嫌うというものであった。そうした神道的価値観が後から伝来してきた仏教の教義を取り込んで神仏習合の独特の宗教を形成していた。これによって日本人は独特の研ぎ澄まされた美意識を持つようになり、和歌などはこの美意識によって成立発展し、後世の日本人の美意識に多大な影響を与えたのである。この事自体は素晴らしいことだとは思う。要するに日本人は根本的には美意識を最も重視する人達であって、美醜の基準は人それぞれであるにせよ、とにかく美しいものを好み、醜いものを嫌うのである。

00515_tsuda.jpg結局は客観的に良いことなのか悪いことなのかを考えるよりも、自分がそれを好きか嫌いかで物事を主観的に判断するのである。ただ、それでは集団がまとまらないから、それぞれ妥協し合って「和」を尊しとするのである。つまり日本人というのは客観的な価値観の指標を持たず、根本の部分では各自の勝手な美意識に基づく好悪感情を優先する身勝手で独立傾向の強い人達なので、それが集団として一応まとまるためには「和」という名の譲り合い精神が不可欠であったのである。
日本人が身勝手で独立傾向が強いのは、日本には明治維新以前はまともな中央集権制が根付いたことが無かったことからも明白である。それは客観的な「正しさ」の指標が統治階級においてさえもあまり重視されなかったので、身近な利害関係で繋がった地域集団の人々の間で「和」という名目で人間関係を調整してまとまるしかなかったからである。その点、ずっと儒教原理主義に基づく中央集権制の下で支配され続けたシナ人とは対照的といえる。
また、中央政府が常に弱体であったため、シナのように知識人を中央政府が囲い込むどころか、そもそも知識人が政治に関与することすら十分には行われなかったので、知識人は市井に存在するのが普通で、統治階級と被統治階級の間の知的レベルの差はあまり無かった。和歌などが庶民にも広く親しまれ、その独特の美意識が広く浸透していったのは、そうした状況の賜物であった。

09362178.jpgしかし、そうした日本においては散文の分野ではシナの四大奇書のようなフィクションの物語文学は発達しなかった。発達したのは随筆と説話と歴史物語である。また、能や狂言のような劇は発達したが、これらにも高度なストーリー性は無く、歌舞音曲と呪術性の融合した様式美である「妙」や「幽玄」の境地が重視されていた。つまり一種の参加型(特に狂言)の儀式めいたものであり、フィクションとして鑑賞して楽しむようなものとは少し違っていた。
何故、中世以前の日本においてフィクション文学が発達しなかったのかというと、個性的な人物造形が出来なかったからである。物語における個性的な人物造形とはどのようにして行うのかというと、作品のテーマとなる一貫した価値観というものを設定し、それに対して肯定的、否定的、懐疑的など様々なスタンスをとる人物を造形すればいいのであり、それらの登場人物を相争わせたり協力させたりして様々な葛藤を描くことでフィクション物語は活き活きとしてくるのである。
51SA6XE99DL.jpgしかし中世以前の日本においては人々は美意識を優先して美醜や好悪で物事を判断しがちであり、客観的な「正しさ」の指標というべき価値観というものが乏しかったので、作者が主観的に美しいと感じるものや好ましいと思うものを羅列していく、つまり作者の好き嫌いを述べていくだけの文章が多くなりがちであった。こういうものが随筆である。これら随筆の中には美文で綴られたものも多く、文学的に価値は高いが、ストーリー性には乏しかった。
また、正悪を峻別する価値観というものに乏しいためにフィクション構築能力に乏しかったため、ストーリー性のあるものとしては昔から地域に伝わる民話や外来の伝説などを集めた説話集や、歴史的事実を羅列していきつつ作者の注釈や批評を挿入していく歴史物語などが主となり、これらも美文や名作は多く、時には活き活きとした人物も描かれたが、それらは単に作者の美意識を仮託された存在として活写されているのであり、フィクション物語の中の登場人物として魅力を放っているのとは少し趣が違う。

C20801618.jpgそうした中で2つだけ異彩を放つのが「源氏物語」と「太平記」であり、2作品とも後世への影響は計り知れないが、逆にあまりに孤高の存在であったために同時代的には同等の後継作品が生まれなかったという点も共通している。そして、もう1つこの2作品に共通しているのは、シナの知識人と同等の儒教道徳を理解した人物によって書かれたフィクション小説(太平記は一応歴史を題材にしているが)であるという点であり、そしてこれはシナの四大奇書とも共通した特徴でもある。
前述したように、シナの儒教知識人は本来はフィクション小説のような卑しいものには関わらない。儒教においては学問というのは政治に活用するためのものだからだ。だからシナにおいては儒教知識人によるフィクション小説というものは生まれなかった。しかし先述したように優れたフィクション小説とは一貫した価値観を作品の中核に据えることによって登場人物が活き活きとして生まれるのである。シナにおいてその役目を担える価値観とは儒教以外には無かった。だから儒教知識人がフィクション小説に関与しない以上、優れたフィクション小説が生まれる道理は無かった。そういうわけでシナではフィクション小説は発達していなかったのだが、それがモンゴル帝国による征服によって知識人が政治の場から放逐されて仕方なくフィクション小説でも書いて生計を立てるしかなくなって、その結果、四大奇書をはじめとした一連のフィクション小説群が生まれたのであった。つまり一種の偶然の産物だったわけである。
bc371836441b37a4f653-L.jpg日本においても状況は似たようなもので、平安時代、儒教知識というものはそもそもほとんど普及していなかったが、それでも朝廷の中枢部には伝わっており、それを研究する学者の家系も存在した。もちろんその学者たちは本場シナの儒教知識人たちと同様、フィクション小説などという卑しいものには興味など無かった。ところがその儒教学者の家系に一人の天才少女が生まれ、父や兄たちの学ぶ漢籍の知識を完璧に吸収してしまったのだが、女性の身ではその知識を政治の場に活かすことも出来ず、女房として出仕した先の中宮の気慰みに書き始めた恋愛小説にその漢籍の知識が活かされ、日本独特の美意識に彩られた恋愛物語でありながら同時に一貫した価値観のもとに個性的な登場人物が活き活きと描写される日本文学史上に残るフィクション小説の名作「源氏物語」が生み出されたのである。
もちろんその天才女流作家とは紫式部であるが、彼女が天才でなければ、あるいは女でなければ、また当時は希少だった儒教知識人の家に生まれなければ、そしてまず第一に日本人でなければ、このような小説が生まれることはなかった。そういう意味で「源氏物語」は極めて確率の低い偶然の産物であるといえる。この「源氏物語」は平安時代から中世にかけて知識人の必須の常識として親しまれた。
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posted by 戦隊ヒロインBLOG at 19:17 | シリーズ前史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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