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2009年07月09日

欲と忠誠 【スーパー戦隊シリーズ前史その76】

欲と忠誠

nobunaga.jpg思えばこの戦国時代が日本において最も武士が多かった時代であり、ある意味では武士が最も武士らしくあった時代であった。しかし戦乱が激しくなりすぎたせいで農業生産高は極端に落ち込み、日本全体が貧しくなってしまった。加えてこの時代は大航海時代で、日本周辺に西洋のキリスト教国の商船が現れるようになり、日本国内を1つの大きな勢力にまとめて彼らと渡り合う必要が生じてきた。
いや、むしろ天下を統一して強大な中央集権国家を作り、日本で採掘される金銀を武器として東アジアの交易権を牛耳ってしまおうという構想を抱く者が現れた。それが織田信長や豊臣秀吉で、彼らは貨幣経済が定着しつつある中で武士たちが依然として「土着の治安維持要員」的な存在であるから地域で争いが絶えないのだと考え、彼らを土地や生産活動から切り離して戦闘専門集団化し、主君にのみ忠実な常備軍として再編成して海外派兵も可能な体制を作った。そして農村の方は武器類を没収し検地を実施して財産争いを収束させ平和な状態を作り農民の自治に任せ、重大な犯罪に対しては常備軍を警察的に運用して対処することにした。仕方ないのである。かつてとはもう時代が違う。魔性の貨幣に支配された世で武器を持った者が土着して地域でウロウロしているのは危険極まりないのだ。

信長や秀吉はこうした新体制で天下統一して国内の戦乱を終結させた。他の戦国大名は農閑期しか戦えない農兵しか持っていなかったのに対して信長や秀吉は一年中戦える常備軍を持っていたのだから、絶対的に有利なのである。そうして国内を静謐にした上で秀吉は常備軍を使って大陸侵攻に乗り出したが失敗した。信長や秀吉のもとで侵略戦争の可能な形になったとはいえ、基本的に日本の武士というのは防御的な戦い、治安維持や警察的な役割に特化した面が強く、大規模な海外遠征には不慣れであったからだ。特に海上の補給線の確保の重要性に関する認識が薄かったのが最大の失敗の要因であった。そこで秀吉の死後に天下を受け継いだ徳川家康は大陸侵攻は取りやめて、潜在的軍事力は誇示しながら貿易で主導権を握って東アジア交易市場を牛耳ることにした。つまり安易な軍事力行使を避けているだけで、基本的には信長や秀吉の路線を継承したのである。

hideyoshi_koudaiji.jpg戦国時代までの日本の武士にとって最も大事なものは自らの土地の安寧であった。その実現のために有力な大名に仕えたりしたのであって、忠誠は絶対的なものではない。自らの土地の安寧のためには主君を裏切って別の主君に乗り換えるのも当たり前の選択であった。もちろん基本的には共に闘う仲間であるのだから団結は重要視され、リーダーたる主君に忠実であることは重視はされていたが、しかし究極的には自らの土地の安寧を犠牲にしてまで主君に殉じるという発想は一般的ではなかった。この時代はまだ損得勘定が忠義に優先していたのである。
しかし武士たちを土地から切り離して常備軍化した信長や秀吉は武士たちに対して絶対的な忠誠を求めるようになった。土地と主君を天秤にかけることは許さず、主君からの俸禄のみを糧にして生きることを求めたのである。武士にとって「忠」というものが何よりも重視されるようになるのは、この織豊政権以降のことなのだ。
信長や秀吉はこの武士に求めた絶対忠誠の見返りに莫大な恩賞を与えたが、これは天下統一の征服戦争の過程だから可能だったことである。恩賞の主たるものは領地であったが、国内で切り取れる土地が無くなると秀吉は海外の征服地の領地を恩賞とすることを予定していた。しかし外征が失敗するとその構想は破綻し、秀吉の死後、武士の忠誠心は豊臣政権から離れて、あっけなく豊臣政権は崩壊した。
これは結局は「欲」のみで「忠誠」を買おうとしたことによる失敗であった。そこで天下を引き継いだ徳川家康は朱子学を導入して儒教道徳で武士に忠誠心を植え付けようとしたのだった。このあたりから上級も下級もひっくるめて全ての武士を「侍」と呼ぶようになってくるが、それも全ての武士を一律に儒教道徳で律されるべき存在として扱おうという方針の反映であった。

data451-2.jpg儒教は仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌などの徳目を重視するが、その中で本来の儒教において特に重視されるのは「仁」であり、「礼」「孝」である。これは儒教の本場であるシナにおいて儒教が帝王の修めるべき統治哲学であったので「思いやりのある政治」である「仁政」が最重視されたことから「仁」が重きを置かれ、またシナにおいて儒教がもともと先祖崇拝の宗教儀式から生まれたことから形式的作法である「礼」や親や先祖を敬う「孝」が重視される傾向が強かったからであった。
しかし江戸初期において幕府が儒教に求めたのは武士たちの行動を律してひたすら幕府に忠実な兵へと変えるための哲学であったので、日本に導入された儒教、すなわち江戸儒学は自然と「忠」が強調されたものになっていった。当初は儒教の経典もなかなか揃わず苦労したが、17世紀中頃になるとシナの地では満州族が明を滅ぼして清を建国し、明から日本へ儒学者が亡命してくるようにもなり、日本でも儒学は体系的に学べる態勢が整った。ただ、この頃の日本でも一応は仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌などの徳目は一通り押さえはしたものの、それはあくまで儒学における一般教養的な知識であり、実際的には武士にとって最重視されるべきものは主君、ひいては幕府に対する「忠」であった。
しかし、日本の武士というものはその成立過程からして、シナ帝国における皇帝直属の国軍の兵士のような主君に忠実な兵士ではない。彼らは自立した存在で、自分の土地を守るために自発的に組織された集団だから、彼らの戦う動機は郷土への愛着であり、家族や仲間を守る気持ちである。リーダーは存在するが、同じ「守る気持ち」を共有する同志の中の第一人者的立場に過ぎず、武士たちはリーダーへの忠誠など無くても戦うのである。
もちろんリーダーもその志は同じであるのだから、武士たちはリーダーを信頼し、リーダーの命令には従う。しかしそれは決して絶対的なものではなく、あくまで郷土や家族や仲間を守る志を同じくするという大前提があってのことである。もしリーダーがその志を裏切るようなことがあれば、武士たちはリーダーに従うことを止め、リーダーを放逐し、それでもなお郷土を守るために戦い続けるのが普通であった。つまり日本の武士にとって元来「忠」という概念は特に必要なものではなく、ましてや最重視されるような価値観ではなかった。

nagasino1.jpgそれが信長の時代以降、重視されるようになっていったのは、戦いの形態が変化していったからであった。すなわち、「郷土を守るための戦い」ではなく、「見知らぬ土地を征服していく戦い」へと変化したのである。その場合、武士たちが戦士として団結していくための拠り所は郷土愛や家族愛ではなく、戦争目的を明確に提示し、勝利の暁のビジョンを示し、それを確実に実行してくれる実行力を伴った強力なリーダーの存在へと変化したのだ。そして、武士たちはそうした強いリーダーへの忠誠を誓うことによって団結して征服戦争を戦うことが出来たのである。
そうした大規模な征服戦争を行うための軍隊というのは、元来の日本の武士よりも、むしろシナの皇帝配下の軍隊のイメージに近い。そのシナの軍隊における皇帝への忠誠心を理論づけていたものは儒教道徳であった。儒教で言うところの仁政を行う天の代理人たる聖人君子の皇帝の理想社会を維持拡大していくための戦いを遂行するのがシナの軍隊の役目なのである。言わば、「神の軍隊」思想である。神の前では人は服従するしかない。だからこれは奴隷の軍隊である。信長軍団、秀吉軍団にもそうした傾向は見られた。少なくともリーダーたる信長や秀吉にはシナ皇帝のような「天の代理人」への志向というものは明らかに見られた。そうしたものを引き継いでシナの軍隊にイメージの似てきた日本における江戸初期の武士軍団を律する哲学として儒学が採用されたのは自然の成り行きだとも言えた。
しかし元来は武士というものはそういう奴隷的存在ではなく、もともとそのような江戸初期の状態にはかなり無理があった。それでも17世紀中頃には儒学を学べる態勢はようやく整備されてきた。ところが、皮肉なことにちょうどこの頃には、もはや国内には大規模な戦争など起きる余地は無くなりつつあることは明らかとなり、また鎖国政策によって対外戦争ももはやあり得ないこととなっていた。
しかし大規模な征服戦争に従軍することが前提となってこそ武士は本来は不必要であった「主君への忠」を重視することが可能であったのである。その肝心の征服戦争が無くなった以上、武士たちは「主君への忠」を最重視するような生き方は出来なくなった。武士はシナの兵士とは違って奴隷ではないのだ。長い歴史の中で培ってきた自立心や自負心というものがある。大した必要性も無いのに主君に盲目的に服従するような生き方は出来なかった。
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posted by 戦隊ヒロインBLOG at 22:39 | シリーズ前史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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