戦隊ヒロインBLOG

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2009年07月12日

儒教の徳目 【スーパー戦隊シリーズ前史その79】

儒教の徳目

儒教というのはシナの戦国時代に生まれた。紀元前5世紀ぐらいのことである。当時のシナは伝統的な社会秩序が崩壊して乱れた世であったので、伝統的な先祖崇拝のシャーマニズムを基にして普遍的な道徳律を作り上げ、それによって新たな社会秩序を作り上げようと試みたのが孔子である。
孔子はそこで「仁」と「礼」を重視した。「仁」というのは普遍的な人間愛、思いやりの心というようなもの、そして「礼」は先祖崇拝の儀礼を発展させた家父長制の規範というようなもので、この「仁」「礼」の2本立てによって道徳が保たれるはずだというのが孔子の理論であった。孔子はこの理論を政治にもあてはめて「仁」「礼」を基本とした政治を各国の王に説いたが、とにかく武力が全ての時代だったので、ほとんど誰からも相手にはされなかった。
その後、儒教においては紀元前4世紀頃に孟子が出て、孔子よりもラディカルに政治に対して働きかけた。そのため孟子は実践を重んじ、観念的な「仁」「礼」に加えて、「義」や「智」も重視した。「義」は利害を捨てて条理に従うこと、つまり欲望にとらわれず正しいことを行うことであり、また「智」は合理的に判断することである。それでも儒教は各国に受け入れられることはなかったが、この孔子や孟子の教えを基にして教義が整備されていった。

そもそも孔子が儒教を創始した目的は「戦国乱世における人間社会の秩序の再構築」という極めて現実的な動機であって、キリスト教や仏教などとはその創始目的が異質である。よって、儒教の教義においてはまず「良質な人間関係を維持するポイント」が考察された。それが孟子によってまとめられたという「五倫」といわれるものである。五倫には義・親・別・序・信がある。
「義」は正しい行いをすることであり、主君と家臣の良質な関係を維持するためには互いに正しい行いをするべきであるということである。「親」は親しむということであり、親子の間の良質な関係を維持するためには互いに親しみ合うべきであるということである。「別」は区別するということであり、夫婦の間の良質な関係を維持するためには互いの本分や職能を乱さず区別するべきだということである。「序」は順序を守るということであり、年輩者と若者の間の良質な関係を維持するためには互いに順序を守るべきだということである。「信」はウソをつかないということであり、友人同士の良質な関係を維持するためには偽りの無い誠の心で付き合うべきだということである。

そして、この「五倫」を定めた上で、この「五倫」のような理想的な人間関係を実現するために個々の人間に求められる5つの徳目があるとされた。それが「五常」である。五常には仁・義・礼・智・信がある。
「仁」は先述のように人間愛や思いやりの心であり、「義」は欲望に流されず正しい行いをすること、「礼」は上下関係の規範を守ること、「智」は合理的に判断すること、「信」は真実を言い誠実であることである。本来の儒教では、この五常を拡充することによって五倫を維持するということを教える。この五常はまことに結構な徳目ばかりであり、これを拡充させた人間ばかりの世の中ならば、さぞかし結構な世の中だと思われる。そして五倫のほうも、やや堅苦しい印象はあるが、あくまで双務的なものであり、五常を修めた者達が協力し合って良き社会秩序を築いていこうという方向性が見てとれる。
また、人間同士の個々の関係を規定する「五倫」から更に一歩進めて、国家を維持するに際しての役人の心得るべき基本的なポイントとして「四維」というものも示された。四維には礼・義・廉・恥がある。これは組織論であるので「礼」と「義」は「五常」におけるものとは微妙に意味合いが変わっている。
規範意識である「礼」は「各々が節度をもって自分の役割に徹して組織を安定させること」となり、欲望を退ける「義」は「各々が目立とうとせず控え目に徹し民を詐称するようなことがないようにする」となり、それに加えて、私欲が無いという意味の「廉」は「各々が失敗を隠蔽せず反省し失敗を繰り返さないようにすること」となり、悪を恥じることを知るという意味の「恥」は「各々が邪道に誘われないようにして不正を起こさないこと」という意味になる。これら四維もまことに結構なものである。
しかし、教義がどのようであるかよりも、シナ儒教の場合はそれが統治哲学としてどのように運用されたかが本質的な問題となる。シナで戦国時代が終わり秦の始皇帝によって統一されて中央集権体制が敷かれ、漢の武帝によって儒教が統治哲学として採用されたのが紀元前2世紀のことであるが、ここから権力と結びついたシナ儒教の真の歴史が始まる。この時、中央集権の皇帝独裁体制を支える理念として儒教の教義が改変され、「五倫」に代わる人間関係の在り方が定められた。それが「三綱」である。三綱には孝・忠・烈がある。
「孝」は親と子の関係において、親が子にとって絶対的存在であるというもので、「忠」は主君と家臣の関係において、主君が家臣にとって絶対的存在であるというもので、「烈」は夫と妻の関係において、夫が妻にとって絶対的存在であるというものであった。これはもともとシナ儒教が家父長的シャーマニズムから生まれたことに由来する概念であったとも言える。それゆえ特にこの中でも「孝」が重視されるようになった。しかしこれは子は親に、家臣は主君に、妻は夫に一方的に服従すべきだという考え方であり、せっかく孔子や孟子らが普遍的な道徳律として整備してきた成果と矛盾して先祖返りして改悪したようなものでもあった。ただ中央集権制を正当化するには都合が良かったので、この「三綱」は「五倫」よりも重視された。

「五倫」においては親子関係は「親」が重視され「互いに親しみ合うべし」となっていたのに、この「三綱」によって「孝」が「親」に取って代わり、「子は親に従うべし」となった。「五倫」において君臣関係は「義」が重視され「互いに正しい行いをすべし」となっていたのに、「三綱」によって「忠」が「義」に取って代わり、「臣は君に従うべし」となった。「五倫」において夫婦関係は「別」が重視され「互いに本分を区別すべし」となっていたのに、「三綱」によって「烈」が「別」に取って代わり、「妻は夫に従うべし」となった。そして「三綱」には含まれなかったが年輩者と若者の関係においても「五倫」における「序」、すなわち「互いに順序を守るべし」に取って代わって「悌」という「年少者は年長者に従うべし」という一方的服従関係が強調されるようになっていった。これで「五倫」で残るのは友人関係の「信」だけ、すなわち「偽りの無い誠の心で付き合うべし」だけということになり、この友人関係はさすがに一方的従属関係のようなものに取って代わられるようなことはなく双務的関係が維持されたが、君臣関係から弾き出された「義」がここにスライドしてきて「信」に取って代わるようになった。
これは「三綱」が「五倫」に取って代わるようになった影響で「五常」が変質していったことに関係しているだろう。もともと「五常」という個々の人間の持つべき徳性というのは「五倫」という双務的な人間関係を実現するために必要なものとして構想されたものだから、「三綱」が「五倫」に取って代わったことによって、「五常」は「三綱」を実現するための徳性として扱われるようにもなった。

そして「三綱」と「五常」を合わせて「八徳」などとも言うようになった。すなわちこれが仁・義・礼・智・忠・信・孝・烈である。しかし、「五常」と「三綱」はもともと無関係のものであるので噛み合わず、「五常」は変質し空洞化していくことになる。
「仁」は人間愛や思いやりの心であるが、「三綱」のように相手に一方的服従を求める心は「仁」とはほど遠い。これによってシナ社会のあらゆる局面で人間愛は失われることになった。また、一方的に服従してきた相手に「仁」を施すのは独裁者の偽善であり傲慢に過ぎない。「三綱」に支えられたシナ皇帝の「仁政」などは偽りの「仁」である。
「義」は欲望に流されず正しい行いをすることであるが、「三綱」に支配されている限り、自分で正しい行いを判断し選択していくことが出来ない。ならば何が正しいのかを決定出来るのは親や主君、夫など支配的地位にある個人の恣意的判断ということになり、正しさとは個々の社会集団ごとに恣意的に存在することになり、自らの属する組織や集団の利益を追求し、内輪のルールを守り組織防衛を図ることが「義」となった。
「礼」は上下関係の規範を守ることであるが、これは「三綱」を正当化し徹底させるのに非常に都合が良かったので、中央集権体制下では極端に形式主義的なものに変質させられ、上位者の権威づけのための儀礼体系となり、その本質の意味は完全に失われることとなった。
「智」は合理的に判断すること、そして「信」は真実を言い誠実であることであるが、これらは「三綱」とは真っ向から対立する概念である。合理的に判断するならば絶対的存在など存在するはずがないし、誠実であるならば他人に盲目的に服従することなど出来ないからである。だから中央集権体制下のシナ儒教およびそれに律された統治階級では「智」や「信」は失われていった。つまり合理性や誠実さは失われたということである。そして「五常」において「信」という徳性が失われていった結果、「五倫」の友人関係における「信」も失われ、「信」同様に双務的である「義」に取って代わられることとなったのである。しかし、この「義」も上記したように利己的なものに変質していたので、シナ社会における朋友関係は身内には親切だが外部に対しては過酷で警戒的、差別的な秘密結社的なものへと発展していくことになる。またシナ帝国そのものを1つの巨大組織と考えた場合、それは周辺異民族に対して極めて差別的で閉鎖的、敵対的なものとなり、そうしたシナ人の差別主義がトラブルを多く引き起こしていくことになったのである。
そして、このように「五常」が変質していったことにより、「五常」から発展した統治哲学であった礼・義・廉・恥からなる「四維」も変質していくことになった。「礼」は「五常」において極端に形式主義へと変質したため、この「四維」においては各々が自分の職分の利益しか考えない極端な縦割り行政の弊害を生むことになった。また「義」は「五常」において組織防衛の身勝手なものへと変質したため、この「四維」においてはそれぞれの私益や省益のために平気で民を欺くような役人を生んでいくことになった。そして、そもそも「五常」とは関係なく理論化も十分でなかった「廉」と「恥」はシナの行政文化からは失われることとなった。常に失敗は隠蔽され不正は横行することになったのである。
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posted by 戦隊ヒロインBLOG at 22:17 | シリーズ前史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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